「裁縫」と「豊かさ」と「年の功」
先週月曜から金曜の朝9時から12時までお裁縫教室に通ってました。
通っているESLの教会が主催しているティーン向けのサマーキャンプなのですが「いいなー私が行きたい」と独り言をいったら先生が快諾してくださったので図々しくも参加させていただきました。
教会主宰だけあってたった$40で5日間。3名に一人くらいの割合で先生がつきもちろん材料費も込み。通ってわかりましたが先生方がどれだけ前もって準備を重ね当日を迎えられたかを思うとボランタリー精神の凄さに尊敬です。
各自ミシン持参でくるのですが私は日本においてきてしまっているので先生にお願いしてお借りしました。
なかなか年代モノです。私がお借りしたものより更にアンティークなミシンを使っている人もいたのですがすべて電動。母が昔持っていた嫁入り道具のミシンも小学校だか中学だかで私が使ったものも足踏ミシンでしたからアメリカがいかに昔から豊かだったかを知りました。先生(70歳以上)に足踏みミシンのことを話したら「私のお母さんが使っていた」と言いますから一世代分進んでいたんですね。戦争で敵わないはずです。
お裁縫の方は子供向けなので生地もそんなかんじでしたけれどミシンを使ったのも下手すると20年ぶりくらいだったので楽しかったです。1日1個くらいのペースで作品が仕上がり、毎日息子が「いいじゃない!」とほめてくれるのが嬉しくて、励みました。
アメリカ的というかなんというか昔家庭科の授業でやった時はマチ針だ、しつけだ何だと直線ひとつ縫うにも手間が多かったように思いますが、今回はマチ針をちょろっとうってあとは勢いでガーっと縫う感じ。ティーンは勢い余って曲がっちゃったりそれなりに苦労していましたが年の功かお裁縫から離れていても昔よりよっぽどうまく出来上がり不思議です。年をとるっていうのも悪くないなと思いました。
アメリカでは家庭科のような授業はないそうです。なので下手をすると針を握ったこともないまま大人になります。今回も「玉止めを知っている人」と挙手を促しても数人だけでした。自分がティーンだった頃、(嫌いな数学はもちろん)美術や音楽等々殆どすべてにおいて、こんなことしらなくったっていいじゃない、と思いましたがたとえ忘れてしまっても大切な時間だったのだと今になって思います。昔、大人たちも「大人になれば分かる」というようなことを言ってましたがホントに大人になって分かりました。
そして今回の先生方。母かそれ以上の世代の方々でしたがいやな顔ひとつせず、親身になってご自身のできるベストを提供されてました。かなりお疲れだったことと思うのですが、どうしてあそこまでやってくださるのか、凡人の私には只、尊敬するばかり。「自分に与えられたGIFT(才能)を神様に委ねるとみんなにいきわたるのよ」とは先生の言葉ですがホントに凄い。ああいう風に年を重ねたいというのがこのキャンプで一番得たもの。
凄い。凄すぎる。
アメリカにしては甘くなかったけれどこのケーキとジュースを出されても流石の私も無理でした・・・。
この辺はまだまだ日本のほうがいいです。
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伯母と従姉は長年編み物教室をやっている筋金入りのプロ・ニッター。(












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